足をついてもいいやんか

のんびり、休憩しながらですよ

子どもを見るということはどういう事なんだろう。自分はしっかりと見てこられたと思っていないので正解がわからない

見てもらえていないという感覚

僕は、両親にしっかりと育ててもらっていない(見てない)という思いを持っている。

それを両親に言うと、両親とも働いて共働きだったが、自分たちはしっかりと子育てをしていたし、見ていると反論される。

別に、食べるものを与えられなかったとか学校に行かせてもらえなかったとかではない。ご飯は祖母が作ってくれていたし、欲しい物もある程度は買い与えてもらっていた。食べることや着るものなどに特別不自由があったわけではなかったとおもう。

しかし、こちらからすると両親のしたことに対して、子どもの反応や結果について何も見ていない。反応や結果に対して何のアクションもしてくれない。このことを育ててもらっていない、見てないと言っているのだ。


こちらから少し話をすると、すぐに自分のことに置き換え、自分ならこうするからこうしてみなさいという。

違う。

あなたの場合のことを聞きたいわけじゃない。自分の立場を聞いてほしい、その立場を想像してほしい、その場合だったらどうしたらいいかを一緒に考えてほしい。そういうのがちゃんと話すことだとおもうし、子どもを見るという事だと思う。

また、自分が提案した解決方法をどうだったと聞いてくれればまだましで、それで失敗したと言ったら、やり方が悪い等といって失敗した状況や原因をほとんど聞くことなく、それを実行した僕が悪いというような言い方をされてきた。

自分をないがしろにされた強制的な環境の変化

また、環境に関してもあまりいい物でなかったのではないかと思う。

祖母は今だからわかるが、精神的なバランスを欠いている。うつ病のような状態だったのではないかと思われた。ときおり死にたい、あの時に死ねばよかった等いいながら部屋で泣いているのだ。それを廊下で何度も何度も聞いたときに、自分がどうすればいいのかわからず泣いてしまったことがある。

また、両親が突然家を買うと言い出し、こちらの状況等を考えることもなく(その時僕は良いと言ったそうだが、良いという以外の選択肢は実質的になかった)中学2年生のゴールデンウィークの前後で転校するというおかしなタイミングでの引っ越しがあった。距離も今となってはそう遠く離れているとは思わないが、当時中学生の自分にとって、電車で往復500円以上もかかってしまう場所はあまりにも遠すぎで、友達とのやり取りはなくなってしまった。また、引っ越した先では、少し特殊な地域環境だったこともあり、やはり小学校からの友達ほど仲良くはなれず、なにか、距離を感じるような友人関係しか作ることができなかった。

親からは友達はできたか等の問いはあった。しかし、希薄な友人関係とはいえできたことはできているから、できたと伝えていた。そこに悩みはあったのだがそれを聞いてもらえることはなく、一番仲が良かった友達と仲が悪くなり友達じゃなくなったことを伝え、何が原因かわからないといった時もそういうこともあるよという返答だった。

とにかく、親身になって話を聞いてくれるということをしてくれないと感じている。
相談をすると親が思い描くゴールまでの道筋を一直線で指し示してはくれるが、そこに僕の思いは一切考慮されていない。本心をまったく見てくれない。

結局、興味がないんだなと思った。

純粋と言えば純粋なのかもしれない。子どもは親に嘘をつかずまったく言った通りの事が本当ですべてだと思い込んでいるのだろうか…そうだとしたらもうどうしようもないが、普通は親であっても隠し事もするし、言いたくないこともある。部分的にしか本当のことを言わずやり過ごすこともあるかもしれない。自分はそうしてきた。でも、両親はそれを全部信じているのかそれがすべてだったというように、何も疑ったり聞いたりしてこない。

たぶん、めんどうなんだろうなと思っているが、本当に親身になっている相手だったら、もっと自分から突っ込んで聞いてみたり、相手の立場を想像し、ああでもないこうでもないと考えたりしないのかなとおもう。

僕は嫁からの相談や話すことについて、本当に親身になって聞くときはそうしている。というかそうなってしまう。そうでないことも多く、適当に流している事も多いが、相手のことを思っていればそういうこともわかるらしいが、僕の両親は僕のことについてあまり突っ込んできたりとか、立場を想像したりするような親身さがないように思う。

このような状態では、子どもを見たとは言えないのではないか。

なんとなくだが、両親の子育てについて、外からの見た目や、定形的な一般的な「子どもを見た」をしていましたよ、かあるいは愛玩動物を育てるような育て方のように感じている。

親になって

実際に自分が親になって、手本とするものは何だろう。
親に育てられた人なら、自分が育ててもらった両親やその環境をお手本にするのではないだろうか。

いまでは、それだけではなく、いろいろな情報や虐待への対策から公的機関からの指導もしてもらえる。

で、自分の育て方を自分の子どもにしていると、嫁から、それはおかしいよ、変だよ。と言われることが数多くある。

嫁に教えてもらいながら子育てをしているが、いろいろな引っ掛かりが自分の中で疑問となりいろいろな忘れていたようなことを思いだしたりしてつらい気持ちになったりすることも多い。この記事に書いてあるようなことも思い出したのはほんの数か月前からだ。それまでは全く忘れていたことばっかりだった。

そういうことからだんだんと抑うつ状態である時間が増えていたんだろうか。少しずつ自分のパフォーマンスが落ちていき、できないことが増えていきうつ病と診断されるまでになったのだろうか。今はそういう風に思っている。


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