足をついてもいいやんか

のんびり、休憩しながらですよ

自分にとっての不安という感覚についてわかってきたこと

どうも、ichigoyoukanです。

先日の病院への通院で不安を感じやすいこと。

また、抗不安薬を飲み始めたこと、途中で切らしてしまったことで、不安という感覚について少しわかってきた気がします。

不安はいろいろな感情の引き金になる

不安というのは様々な感情を引き起こしてしまいます。

そのまま、不安感になったり、焦燥感や緊張感、苛立ち、怒りなど、社会生活を行う上でマイナスになりやすい感情を強く引き出すもととなると思います。

僕は不安を強く感じてしまうタイプのようです。

現在はメイラックスという抗不安薬を飲むようになり、日常生活ではいろいろなことが変わってきました。

飲む前は自分の行うこと(仕事など)に自信がなく、完成したものを提出しても怒られたりしないか、大丈夫かと不安だったり、電話をするのもこちらの思ってもいないことを言われたらどうしようと、電話をする前から不安になったり、上司に呼ばれれば、いったい何の用事だろうかと不安になる。
また、約束した時間に荷物が来ないと不安になりイライラしたり、電話が来ない、人が来ないそんなときも後の予定を心配したりして苛立ちや怒りを覚える。そんな日常でした。

しかし、それが異常だとは一度も思ったことがありませんでした。

人より少し心配性だなぁ、イライラしやすいんだなぁ、怒りやすいんだなぁと自分では思っていただけだったし、周りからもそうみられていただけだと思います。

不安をなくせない

さて、不安で不安で仕方のない僕はどうしたらいいのでしょうか。

不安を解消する方法を探します。努力をしたり、工夫をしたり、考えすぎだと気を紛らわせたり。

好きなことをしたり、何かに没頭したり。いろいろなことをしてきたと思います。

しかし、自分の感じる不安感とバランスの取れる状態にはなりませんでした。

弱いから他にあたる

なくならないのです。不安が。焦燥感が。苛立ちが。怒りが。

これらの感覚・感情を感じ続けるのはストレスです。吐き出さなければいけません。

その吐き出し方の一つが他者への攻撃なのかもしれません。

不安だらけの臆病な尻尾をまいた犬はよく吠えます。

そういう犬程、すぐにかみついてきます。それに似ているのかもしれません。

僕もすぐにかみつきました。自分の心をを保つために。守るために。

しかし、かみつける相手は限られます。負けるかもしれないという不安がある相手には噛みつけません。

なので弱いものに向かってしまいます。

僕の場合は子どもに向かいました。また、その前例を幼少期に受けていたので、それで当然と思っていた部分もありました。

そして、子どものことも怖かったのです。不安を感じる対象だったのです。

自分が育てるという役目を負っているのにそれを全うできていないという不安感。

いう事を聞かせ、制御しなければという焦り、自分の言うことなど聞く必要がないと言わんばかりに効果が見えない口頭でのやり取りへのいら立ち。自分のことを馬鹿にしているのではないかとの思い。そこから怒りへと変わり暴力へとなりました。

怒鳴りつけ、馬鹿にしているのかと言葉をぶつけ、拳骨をふるう。虐待です。

もちろん、子どもに対しどのような場合でも暴力をふるうことは虐待になり、それはどのような理由であれ許されることではあることは理解しています。

抗不安薬=精神安定剤

メイラックスという抗不安薬を飲むようになってから、いろいろなことへの対応が変わりました。

まず最初に驚いたのは、困っている人に声をかけたことでした。いつもであれば困っているとわかっていても、もしかしたら声を掛けられたくないのではないか、邪険にされて嫌な思いをしてしまうのではないか、ただの思い過ごしではないかと不安に思い見てるだけでした。しかし声をかけたのです。今、落ち着いて考えると不安に思う感情が薄れ、自分の本心からの行動が行えたのだと思います。

また、怒りや苛立ちといったことを感じることが格段に減りました。具体的な理由のある苛立ちや怒りはありますが、よくわからない理由の苛立ち・怒りはほとんど感じなくなりました。

抗不安薬は精神安定剤ともいわれています。
不安が様々な感情に影響を与えることに対し、それに効く薬は様々な感情を和らげるため、精神安定剤と呼ばれているのかなと思いました。不安とは関係のないと思われる感情にも聞くから精神安定剤なのかと。


すこし、心に余裕ができてきました。

不安から解放されて見えてくるもの

心に余裕ができ、不必要な不安感を感じなくなってから、自分は勘違いをしているのではないかと少し思うようになってきました。

自分の周りのは僕を不安にさせようとしているわけではない。と思うようになりました。

子どもたちは、自分に不安を与えたくて言うことを聞かないのではなく、ただ自分のしたいことをしているだけなのではないか。馬鹿にしているとかそういうことを考えてやっているわけではないんじゃないかと考えることができるようになってきました。

なので、回りにかみつく必要はなかったのです。

楽に生きたい

しかし、薬の力を借りずにこの考えのまま、いられる自信はありません。

また、不安発作という、突然不安に襲われ、動機や息切れ、足のすくみ、吐き気などを感じ動けなることも何度かありました。

なので、抗不安薬を飲まないで生活していくという事は難しいかもしれません。

でもこの薬を上手に使っていけば、今までよりももっとよく生きていけるような気がしています。


まとめ

感情や感覚は直接的に、これが〇〇という感覚だよ、感情だよと教えてもらうことはできません。

自分の感じたことを相手に伝え、それは〇〇ではないかというのを繰り返し、自分の感情や感覚を共通のものとしていくという作業が必要になると思います。

僕は不安という感覚をまったく勘違いしてとらえていたのだと思います。

それがこの抗不安薬という薬のおかげで、うつ病を発症したおかげではっきりと認識することができ何に苦しんでいるのかわかるようになりました。

もしかしたらあなたが、もしかしたらあなたの近くの人が。僕と同じような思いで悩んでいるのだとしたら、何かの役に立てばうれしいと思います。