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介護福祉士の資格を持っているのに、介護施設で働かない理由

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どうも、いちごようかんです。

僕は介護福祉士という高齢者の介護を専門とするための資格を持っています。しかし今現在、高齢者の介護を仕事としてはいません。

その理由について書いていきたいと思います。

専門学校で介護福祉士をとりました

前職はまったく別の職種をしていて、機会があり専門学校で介護福祉士を取得しました。

学校に入る前、学んでいる最中と卒業したらもちろん特養や認知症対応グループホームなど、お年寄りを相手に働くのだろうなと考えていました。

しかし、その考えは学校に行っている最後の実習でなくなりました。

人生を終わるものが持つ力

特養に入所されている方は、もうわかると思いますが、年齢もかなり高齢で要介護度も高く、自分だけでは生活できない方ばかりです。

また、定期的に家族が面会に来る方はまだましですが、先立たれた方や独り身の方なども多くいらっしゃいます。

そのような方の持つ目の光。鈍く力なく、光っているようで吸い込んでいくような目。

正直恐ろしくなるような視線を向けられることもありました。

認知症特有の症状による混乱

また、認知症が進んでいくと精神疾患のような症状が出てきます。

幻覚・幻聴、同じ話を続ける、自分が誰かわかってくれない。自分を誰かわかっていない。

そのような方がおおく入所されています。

人なのかと思うことさえあった

実習ではそういう人たちに対して、学校で学んだ知識や技術がどのように活かされるのか学んでいくのです。

学ばなければいけないのです。そうでなければ単位がもらえません。実習日誌で自分の行ったことをの正しさ、間違いを考察し、正しいやり方を考え、次回実行する。その繰り返し。

寝たきりの老人をおむつ替えの練習台にし、コミュニケーションの取ることが難しい相手に対し、様々な方法を試し、実習日誌に記録していく。

僕が学ばせてもらっている相手は一体なんなのか、人なのか、そうではないのか、途中でわからなくなるような時もありました。

生きているとはどういうことなのかわからなくなりそうなときが何度もありました。

そんな時に、前に書いたような目で見られたり、認知症の症状で話しかけられるんです。おばあちゃんのおむつを変えた時に言われるのです。私は嫁入り前なのになんてことをしてくれるのと。認知症の症状で自分を若い女性だと思っている。そんなことは理解できるのです。しかし言われてしまうと辛くなります。

認知症のことは理解している。でも、それを認知症だからと割り切るには、大変な力がいるのです。

この大変な力を使うことを仕事としてしていけるのか、自信が持てませんでした。

特養の意義に疑問を感じた

特養は必要な施設だと思います。人間、死んでいなければ生きています。生きている以上、死ぬまでは生かします。それが仕事だから。

でも、そこまでして生かす必要はあるのでしょうか。生きることを希望しているのでしょうか。

殺せとは思いません。でも生かしすぎる必要はあるのでしょうか。

長寿国・日本

この長寿国といわれる日本ですが、少しからくりがあります。

胃ろう(口から食事を摂れない人に、体外から胃にチューブをつなげ食事を注入する方法)を行う年齢や割合、寝たきりの老人の率、そのあたりを他国と比べると日本の長寿は生きているではなく生かされているであることがわかります。

生きているのか生かされているのか。病院でチューブだらけになっている治療中の若い人ではないのです。

生活をする施設である特養でチューブに繋がれて治療ではなく、生活をしている人が生きていると言えるのか。

こんな思いから、僕はこんな形の生活をしている人の終わりをそばで迎える仕事をに就くことがどうしてもできませんでした。

なぜこんなことになったのか

初めて体験すること

ここまで大きく生活様式が変わったことは、今までなかったと思います。

どの世代も、今の生活様式を初めて経験している状態なのではないでしょうか。

まず、寿命が伸びたこと。80歳90歳が当たり前になり、その人達はどう生きていいのか戸惑っているのではないでしょうか。前例がないから。自分たちが見てきた世代はもっと前に死んできたから、自分たちがここまで生きていることは新たな生活様式を開拓しているようなものだから。

そして、その年令まで生きることで本来、もっとも長生きで尊敬されていた世代の60代70代は、今では生きていて当たり前、まだまだ現役などと言われ、まだ働くことを強要され始めている。その人たちが見てきたこの年代の人たちはもっと動けなくてもっと少なかったはず。

またそれ以下の世代は、ネットの普及から人ではなくネットから様々なことを学び、上の世代から学ぶことが少なくなり世代間の尊敬関係などは薄れています。そして、上の世代と同じことをしていてはいけないと言われ、模索を続けさせられる。

しかし、一部の上の世代からはついて来いと、転換点にいることに気づいていないものが呼びかけてくる。

世の中の全ての人が今の生活様式に変化し、転換点に立ち、新たな生活を作り出そうとしている人たちなのだと考えます。

さて、特養にいる人は自分で何もできなくなってから、今転換点に立たされていることに気づいた人たちなのではないでしょうか。

突然転換点に立たされ、どうしようもなくなった人たちをどうしようどうしようと必死になって介護する。

それをする自信がありませんでした。

今、転換点を生きている僕たちはどのような答えを次の世代に出していけるのでしょうか。

せめて、自分が歳を取り動けなくなる前には答えを見つけておければとおもいます。