足をついてもいいやんか

のんびり、休憩しながらですよ

生きることを教えてくれた柱に感謝を込めて

どうも、いちごようかんです。

ここ最近はかなり酷めのうつ状態のなってしまい、更新できなかったのですがと ある出来事により突然記事を書こうと思う事ができました。

しかし、スマホからの投稿でとある事情により頭痛などもあり、あまり良い文章となっていない気がしたので大幅にリライトをしてここに公開をしたいと思います。

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うつ状態での仕事明けだった

正直、うつ状態で仕事もままならないような状態でなんとか勤務時間を終えて、駅へ向かった。階段を上るとちょうど電車が来たのでそれに乗った。

すぐに乗り換えの駅に着き、うつ状態の体には 立ってここから1時間は辛いと思った。幸いにもすぐに発車するの次に発車する電車がホームで待っていたので、空いていて座れるのではないかと考えそちらの電車に乗ろうと向かった。

できれば一人席に座りたいと思った。一人席で物思いにふけながらうつ状態のだるさと付き合いながら帰るのだ。くだらない自殺願望や自傷をするイメージを押し殺しながら生きる意味を考えて、自分の無価値さを思い知らされながら延々と続く降車までの時間の中を過ごそうと思っていたのだ。

そう思い一人席の空いているところを横目に探して早足で歩いていた。本当に早足で。こいつは本当にさっきまでうつ状態で仕事がまともにもできなかったのかと思うくらいのスピードで歩いていたのだ。

上司が見たら怒るかもしれない。それくらいのスピードだった。

運が良かったのかもしれない。色々な意味で。

すると空いている席が見つかった。今日は運があると思った。しかも編成の後ろの方だ。降りる駅では階段から近い。ここを逃してはどこに座るというのだと思うくらいだった。

しかし僕は手前の入り口をすでにすぎてしまったので次の入り口から戻るように入ろうと思った。その間に座れられないことを祈りながらその席を見える範囲に首をその席に向けながら、本当にうつ状態かと思うスピードで歩いていた。

すると手前の入り口より男性が入った。その瞬間、ああ、取られたな。ちくしょう。あんなにいい席は他にあるかないかわからないくらいなのに。そう思いながらその席を見ていた。

しかし、だ。なんとその男性は僕が見たいた一人掛け椅子ではなく反対の二人掛けの椅子に座ったので。

僕は信じられなかった。思わず歩みは止めないが凝視してしまうほどに。

連れがいたようには見えなかった。僕の感覚では当然一人掛けの席を選ぶシチュエーションである。

なぜだ。なぜこの男性は二人掛けの席を選んだのだ。全く理解ができなかった。荷物を座席に置くつもりか?それはマナー違反だ。しかもまだ空いているだけでこの電車が一番早く出発する電車になれば人が集まってくる。座席に荷物を置くことはできないだろう。ではなぜ二人掛けに座ったのだろうか。また、二人掛けの椅子には誰も座っていなかった。広々と座りたかったのか?これも先ほどと同じ理由ですぐに隣に人が来るに決まっている。

そうなると一人掛けの椅子に何か問題でもあったのだろうか。あの席に問題があったのか、そうすると僕も次の入り口で戻っては無駄になる。しかしあの席は空いている。どうするかと思案していたが、おもっていたよりも歩くスピードの方が早かったようだ。

ドアはすぎていた。

代わりに側頭部に柱が当たっていた。

そして本当に思っていたよりも歩くスピードが早かったようだ。

かなり痛い。

そして恥ずかしい。

すぐ座りたくなり一番違い入り口から車両に入り二人掛けの椅子が向かい合った4人掛けの席を選んだ。

柱に気付かされた。一柱に。

しかしすごいものだ。痛みは生きている感覚を思い出させてくれるのか。痛いという感覚が凄まじい現実感を伴って僕に側頭部をぶつけたことを教えてくれている。

それも柱にぶつけてだ。柱。

この柱というのがとても気になるのだ。

神様を数えるとき、一柱二柱と柱と数えるのだが、その柱に生きていることを教えられた気がするのだ。つまり神様。八百万の神の一柱に。そんな気がしてきた。

このどうしようもない痛みが現実感を与えてくれて、意欲を貰えたのだ。家に帰ろうという意欲、記事を書きたいという意欲、今日と明日を生きたいという意欲。

家に帰り晩御飯を食べながら顎を動かすたびに痛む痛みとともにそのような気持ちになってきた。

特に僕に信仰の気持ちはないので、神に感謝はしないが、柱に感謝しようと思う。