足をついてもいいやんか

のんびり、休憩しながらですよ

一億総中流にドロップキックをかましたい

ども、いちごようかんっす。

いまだに一億総中流だと勘違いしているクソジジイとクソババアにニーキックをかましてトドメを刺したい。

もう、ボケてしまっているのか80歳以上くらいになるとそろそろいい金額の給料もってるんでしょ?お年玉くらいもらったっていいじゃないとかのたまいやがって、てめーらがいい思いをした社会は俺らの世代が煽りを食らってヒーヒー言いながら毎日を暮らして、定型の仕事だけしてれば給料上がるなんてそんなイージーモード終わっちまってやがるんだこの野郎。と言いたい。言いながらニーキックで大腿骨頸部骨折させてさっさと動けなくしてやりたい。

いまだに一億総中流だと信じ込んでいる60代くらいにドロップキック食らわせてトドメを刺したい。

実情を知りながらも自分も若い時は苦労してなぁとバブルで散々美味しい思いをしているくせに苦労したふりをするこの世代が一番嫌いだ。
自分たちと他の人たちが皆普通で同じだと勘違いしているこの世代に現実を見せてやりたい。

普通と言われる人が一生涯で何%なのか。全ての病気や障害の罹患率を知った上で、普通がなんなのか問いたい。

そしてその上でまだきっとまぁちょっと普通から外れても大丈夫だからとかいうだろうからドロップキックをかましたい。

ドロップキックで頭蓋を破壊してその中身を喰ってしまいたいくらいだ。

眠れない夜

さて、どうもいちごようかんです。

睡眠薬を飲んでも頓服を飲んでも眠れず困り果てています。

どうも今の老人世代や60代くらいへの恨みみたいなものがありまして、こんな感じのことをいつも思っています。

まぁ、普通という言葉をよく使う世代かなぁと思っているのです。僕らの普通と違う意味で。

普通じゃなかったら弾いてしまう。そういう意味で。

今の若い人は普通じゃなかったら個性だと認めてくれる人が多くなったのかなと思います。

個性ではカバーしきれないところは福祉だとかそういうのでなんとかしていこうと。

でも、上の世代になるにつれて普通の意味が違っている気がします。その根底にあるものは一億総中流という考え方なのではないのかと思いました。

20年前に双極性障害とその当時は躁うつ病と言われていたら今は病院の中だったのかもしれません。

今、結婚して妻がいて、今の状態で双極性障害と診断されたから幸運だったのかもしれないと思います。

自分の両親や親戚でも叔父や叔母くらいの世代(60代以上)にはこの病気を正しく認識しようという意識がなかったと思われました。

そんな人たちにわざわざ説明する事はしません。ただ、関わりをなくすだけです。

これからは個の時代。個性の時代。病気もいいように捉えるか悪く捉えるか。どんな事も個性とするか、埋もれるか。

古びた普通を信じるものは、もう必要のない時代。個性がなければ埋もれる時代。でも埋もれてもいい時代。飛び出してもいい時代。

自分なりにやっていきたいといつも思うのです。なので一億総中流のなかで、できた制度や決まりにはドロップキックです。