足をついてもいいやんか

のんびり、休憩しながらですよ

おはようございます。皆様の保険料でまた生きて行く日々に戻るかもしれません。

おはようございます。

ちょっとやけになっているいちごようかんです。

正直者がバカを見る

結局、結果が全てなんですよね。どんな過程があっても事情があっても結果が全て。

リストカットをしたなんて言えば業務停止命令をもらい、隠して捻挫したんですよって言っていれば多分今日も出勤できたでしょう。

正直に話してしまったからバカを見たというか、そういう空気を感じ取れない自分がバカを見たということなのかもしれません。

結局見た目が正常で常識的という普通以外はいらない社会

リストカットをした跡を見てました。もう、血もとっくに止まり傷の修復真っ最中という感じです。

これですごくスッキリしたことを見て、たったそれだけじゃないかと思ってしまうのは当事者だからでしょうか。

煙を吸ってスッキリしたと自分の発ガン率と周りの発ガン率をあげている人とどちらが迷惑ですか?

部屋でこっそり切って手当てして包帯を巻いて見えないようにして出てくる。

タバコ部屋で煙だらけにしてその煙も結局は大気に放出されてガンの可能性をあげて出てくる。

何が違うんだ?

傷ができるから?あなたの肺の無数の遺伝子が傷ついてませんか?血が出るからですか?煙が黙々と出ていることと何が違いますか?

社会の端から追い出されそうな絶望感

今、僕は社会の端から追い出されるのか、残れるのかその瀬戸際にいるのでしょう。

もちろん僕より外側にも人はいます。社会から外れた人たち。そうなったらどうやって生きていきばいいのかわかりません。

でも、この端から中を見て見るとより中心に向かって必死になっている人たちの群れ。

社会規範になんとかしがみついて、不適合者の烙印を押されないように必死になって耐えている人たち。

もちろん耐えずに、スイスイと真ん中の方へ進み、人々の羨望を集めている人もいる。

社会福祉士になったけれど結局は社会にしがみつくしかないのか

社会福祉士という資格を持っていますが、色々な理念の元に活動している人がいると思います。

僕も社会福祉士として自覚を持ち仕事をしているつもりで社会から外れそうな人々に社会が作ったルールに従って社会の中で生きれるようにするという仕事をしていましたが、いざ、自分が社会から追い出されようとなると必死でその社会にしがみつく。

様々な制度などで生きやすい社会を作る。存在しやすい社会を作る。再び社会の外に出ても戻れるルールを作る。

そんなもの見えてきません。なんのための制度なんだこれはと自分で思います。この場所に立って初めて気がつくことですね。

今は急性期で見えてないだけだよ、と言われるかもしれませんが急性期だからこそ見えてこなければ意味がない。そうでなければ安心できないじゃないか。

道は閉ざされていないというけれど、自分と家族にはいうことが違うじゃないか。

ノーマライゼーション

ノーマライゼーションという言葉があります。気になる人は調べてもらえれば。

僕はこの言葉にすごく感銘を受けました。このような社会がいつかくればいいと思っていました。

しかし、この時の僕は全ての人の中に精神障がいの人を入れていたのでしょうか。自分がそちらの分類の中に入れられようとしている今、この時の思いの中に精神障がいの人を入れていないことに自分で気づきました。

おはようございます、社会の皆様

おはようございます。社会適合者の普通の世界で生きている皆様。

今日もいちにち頑張ってください。満員電車は辛いかもしれませんが、それも社会での役割を果たすための試練です。

様々な試練がありますが、どうか社会の中からはみ出さないように踏みとどまって1日をお過ごしください。

良い1日を。