足をついてもいいやんか

のんびり、休憩しながらですよ

障がい者体験、その意図は何。

障がい者体験と聞いて想像するのはどんなこと?

僕は障がい者の方の支援をする仕事に付いています。時折、行事ごとで障がい者体験をしてほしいとお願いされることや、何をしようかとなってじゃあ障がい者体験をしようとなることがあります。

ここで言う障がい者体験とはちょっとしたブースでアイマスクを使ったりヘッドホン式の遮音機を使った視覚、聴覚障がいの体験をイメージしていただけたらと思います。あとは車椅子の体験など。
しっかりと3時間程度かけてカリキュラムを組んで行う障がい者体験は省くと思っていただけたらと思います。

例えば視覚障がい者体験であれば、アイマスクをつけて点字を触ってみて、移動介助の体験をしてみたり、物を食べてみる体験をしてみる。

だいたいこんな流れではないでしょうか。

その体験に意味はあるの?

先ほどの資格障がい者体験、体験してあぁ、視覚がないと言うのは大変なことなんだなぁ。と言う感想を抱いたとします。

その感想、多分間違いです。

生まれた時から視覚がない方は視覚がある状態での生活など経験したことがなく、視覚がないのが通常の状態のではないでしょうか。
中途障がいで視覚をなくした方は訓練等大変ではあるとは思いますが、もう視覚がない状態が通常ではないでしょうか。

いちいち大変だと感じているのでしょうか。

感じていないと思います。それが当たり前。その障がいのある人にとってそれがないのは当たり前なのです。

それを通常の健常者が体験をしてなんの意味があるのでしょうか。

ノーマライゼーション

デンマークのバンク・ミケルセンにより提唱された考え方ですが、障がい者も健常者と同様に生活できるようにすべきと言う考え方です。

今現在の日本の福祉、世界の福祉はそこに向かって活動していると思います。

そのノーマライゼーションの理念と先述した障がい者体験は一致するものでしょうか。

一致するものではないと思います。なぜなら、体験で得るものがそもそも違うからです。

健常者が障がい者体験をしても障がい者を体験できていないのではないでしょうか。

障がい者体験をする側はどうなることを求めているのか

さて、障がい者体験をしてもらう側は一体してもらう人に何を求めているのでしょうか。

僕はノーマライゼーションの考え方にあるように、障がい者も健常者と同様に生活できるようになれるように何かを感じてほしいと思って障がい者体験を言うものを行うのだと思います。しかし、実際に行われる多くの障がい者体験はそこまでの効果を上げているでしょうか。

ほとんどが、一つのアトラクションのように扱われ、ああ怖かったね、ああ大変なんだね、と言うちょっとした感想とともにすぐ忘れられるのではないでしょうか。

どうしてほしいかもっと簡潔に伝えられないか

じゃあ、こう言う障がい者体験を行うようなブースで何をすればいいのかとなりますが、もっと具体的に簡潔にどうすれば障がい者の人と健常者の人がともに生活できるのかを簡潔に伝えたらいいのではないのかと思うのです。

アイマスクは必要ありません、薄暗い部屋をまっすぐ歩いてくださいと行って障害物があれば困るでしょう。これが視覚障がい者の方が困ることですと言えばいいんじゃないでしょうか。この方が簡単です。だから点字ブロックにものを置かないでくださいと繋がります。

障がい者の方向けの支援のための設備が街中にはたくさんあります。それを工夫をしてもっと直接的にこうなると困るからやめてくださいねと伝える方法を考える方が効果があるんじゃないでしょうか。

僕はそう思うのです。

すいません、これ仕事の愚痴なんです。

で、ここまでちょっとボカしてはいるんですが仕事の愚痴です。

色々と企画してぶつかったりもしながら準備もして、最後の最後で中止を言い渡されました。

理由は仕方がないもので納得もできました。しかしその時にこう行った思いや考えがあることを無視するかのように批判されました。

企画のタイトルとしては視覚障がい者体験と銘打っていたのでアイマスクを使った体験であると思われていたのでしょう。それをやるのになぜこんな大掛かりになるのだ、もっと簡単にできるだろう。中止はすぐに受け入れ、求められるままアイマスクを使ったプランに切り替え5分で企画書を作りプランを作りました。

翌日、それを行う人に伝え僕はうつ病の悪化により早退しました。それから切り替えるために土日を挟み3日仕事を休みました。

まとめ

中止なら「中止して!」とだけ言わればそれで良かったんです。

ただ、書いてあるようにそれなりに思いもあり考えもあり企画していたもので、うつ病もありなかなか切り替えることができませんでした。

もうかなり経ってますがこの記事を書くようにまだくすぶっています。

障がい者体験全てが悪いとは言いません。しかし、全ての人が大変さから知る必要はないのではと疑問を感じます。

もちろん支援者が体験を行い実習をし勉強することは必要です。支援のためにも質を上げるためにも。しかし一般の方がそこまでの体験が必要でしょうか。

必要なのは気づきでありどう気づいてもらうのかではないかと思うのです。どうすれば隣に障がい者と言われる人がいても普通の世の中になるのか。考え気づいてもらう。

そのために障がい者体験は必要でしょうか?