足をついてもいいやんか

のんびり、休憩しながらですよ

こころの一部が無くなったと感じたこと

どうも、いちごようかんです。

無くなったと思った部分はあとで無くなってないっぽいかな?と気づいたのですが。
自分の自傷の原因となっていた部分が無くなり、別れていた心が一つになった。そういう風に感じたというお話です。

あくまでも僕はこういうふうに感じたと言うだけで、そんな話があるわけがないと思われる方もいるかもしれませんが、自分のこころの中ではこれから書くことが起こり、そして僕は良い変化が訪れました。

いがぐり小僧くん

ある頃から、自分の心の中に小さい子が自分とは別にいると感じていました。
最初は幼少期の自分なのかなと感じていたのですが、違っていました。

僕の中の一部の正義感(悪いことをしたら謝るべきだという感情)と嫉妬心、それに幼少期の記憶がくっついたようなそんな存在でした。

最初はもっと禍々しい存在として、黒い塊が心のなかにあると感じていました。
それがリストカット(部位的にはアームカットになるようです)を行った時にその黒い塊がすこし薄れたのです。

その時に初めてその存在を感じました。

最終的にいがぐりのようなイメージだったのでいがぐり小僧と僕は読んでいますが、その頃は黒いもの、でも小さい物というイメージでした。

黒いもの

黒い球体のような存在でした。最初は。しかし自傷行為を行うことにより段々と球体からモヤのような存在に変化し始めました。

最終的にはなくなったのですが、その黒いモヤの正体はストレスだったのだと思います。

特に僕の両親との親子関係から生じるストレスでした。

カウンセリングでの気づきから考え方が変化した

で、何故そのモヤがなくなったというと、前回のカウンセリング中にカウンセラーからの一つの質問がきっかけでした。

「その頭を壁にぶつけるという自傷行為を行う原因となったものはなんですか?」
この質問がすべてを変えていってくれた。そんな気がします。

この質問に対し、僕は「母親のヒステリックな声での独り言が自分自身を攻めているように聞こえたからです」と答えました。

このカウンセリング中にはそれだけだったのですが、数日後、突然この母親の声は今聞いたことであり、聞いたことに対しての行動の原因は幼少期にその声で怒られた記憶が原因で、この声はただのトリガーであり、今起こっていることではない。時間のズレが有ることに気づきました。

今の両親に怒られているわけではなく、過去に怒られたり嫌な思いをした記憶が自傷行為や今の関係性の悪化を招いているということに気が付きました。

そこから、すこし考え方に変化があったように思います。

諦めと希望

すこし大人な考え方に近づいたと書くと、格好もつくのかもしれませんが、諦めがついたと言う部分もあります。

自傷行為というを始める前に両親と過去のことを話した時にもう覚えていない部分が多いことにすごい悲しみや怒りを感じたことを覚えています。自分が受けたことをこの人達は覚えてもいないのかと。

しかし、自分の子育てや仕事、さらに環境を良くするために別居することになり新しい環境をさがすなどの中での忙しさから自分もいろいろ事を忘れたりしていることに気が付きました。

仕方のないこと。そう思える部分がすこし増えてきたのかもしれません。

ストレッサーの消滅

僕にとっての現在のストレッサー(ストレスの原因)は両親でした。
その両親と同居している状態で、コミュニケーションはなく自分の大事な子どもは両親になつき自分のもとに来ないことや、自分たちが僕に行ってきた育て方、しつけと称した虐待と思われるような行為などをしておきながら僕の怒り方などがきつい、虐待に見えると言ってきたことなどがストレスの原因でした。

子どもたちが僕のもとになつかないのは、やはり仕事で家を開けている分、祖父母は長い時間接しているためよく知っているし慣れている当然のことです。そう思うようになりました。

自分にしてきた虐待のような育て方については昔はそれでも許された時代。両親も僕に言うことを聞かそうと必死だったのだろう。ただ、僕が今それを行うのはいけないことだと言うだけであること。そう思えるようになりました。

そうなることで、両親への意識が変わっていきストレッサーではなくなったのです。

両親との関係性の変化

自分の考えの変化から、両親、とくに母親に対しては完全に心を閉ざしていたのですが、その感情はなくなり今、僕がどういうふうに思っているのか、どういうことをやめてほしいのかどうしてほしいのか、1時間程度話をしました。うまく言ったような感覚で話は終わり親への感情は完全に変化していきました。

で、最初のいがぐり小僧くんに戻ります。

いがぐり小僧くんから送られてきたイメージ

いがぐり小僧くんは(あくまで自分のこころのイメージです)悪いことをしたら謝らなければいけないという正義のような当たり前の感情と、妻は親に昔の育て方について謝られたわという言葉から受けた嫉妬の心がくっついて、そこに自分の両親との関係性の悪化から来るストレスが混じり自分自身の中に作られたものという感じのものです。ちょっとややこしくてすいません。

ストレスをある意味エネルギー源としていたようで、最初の頃はとても大きく、親とも喧嘩をしたりと僕自身の行動にも変化を与えるような、それほどの力を持っていました。しかしその中身はストレスと嫉妬心、正義とも取れる当たり前の感情。特にストレスが問題だったと思います。それほどのエネルギーで僕自身を圧迫し、それだけではなく他のことでも余裕をなくしていた僕は破裂しました。ここはうつ病の発症のことを指しているのだと思います。本体はその後黒い動かない塊になり段々ともとに戻ろうとしていたということでした。

忘れられていたいがぐり小僧くん

で、うつ病が良くなり、復職して順調だったころ。

もう僕は両親とは距離を取って別居をすることで問題の解決を図ることにしていました。
おそらくその方法について納得ができなかったいがぐり小僧くんは、ためていたストレスをエネルギーとし、もともと真面目な性格なのか、仕事が終わりかけで少しくらい楽をしてもいいかなと本体が思っているタイミングで、幼少期の頃の記憶をぶつけてきたりして、思い出せと言わんばかりに僕の心に働きかけてきたのだと思います。

しかし、もう本当に忘れていてしていてしまっていたのです。
自分が、自分の育て方を否定されたことはつまり、両親が育て方を間違ったということだろうと思ったこと。妻が父親からそれについて謝ってもらって嫉妬を感じたこと。このことも気づいた時、ああ、こういうことかと両親のことを理解するきっかけになりました。

なので、いがぐり小僧くんのしてきたことは、正直何故起こっているのか全くわからないことで、病院では抗不安薬の頓服をきつくすること、それとカウンセリングを受け始めるという選択をしました。

そしてそのカウンセリングから色々なことがつながり、両親との関係性がよくなったことでいがぐり小僧くんの力の源となっていたストレスが無くなり本体が出てきました。

そして最後に、何故、幼少期の記憶を思い出させたり、自傷行為をさせたりしたのか。伝えてきました。

自分の存在を思い出してほしい。最初の思いを思い出してほしい。こういう感情から生まれた自分を思い出して、今の現状でいいのかもう一度考えてほしい。

そういうイメージを伝えてきました。

そのイメージに対し、正直に自分がまだまだ大人になりきれていなかったのだと思うこと。両親とは今の関係を続けようと思うこと。納得はできているわけではないが、仕方のないこともあるということを理解した事を伝えたところ、彼は何も言わなくなりました。

翌日の朝

翌日目が覚めるとすこし心に違和感を感じました。いつも感じるものがない。不思議な感じ。

一番、しっくり来る言葉で表すならば、喪失感という感情を感じました。

まさかと思い、いがぐり小僧くんを心のなかで探しましたが居ませんでした。

自分の心がざわめき、消えてしまったことに驚きや戸惑いをとても大きく感じ、職場に連絡して半休をもらうことにしました。

そしてよりこころの奥まで探して、自分自身の中やいろいろなところを探す感じのイメージで心の隅々まで探してみましたがいなくなっていました。

心が無くなった。一部とは言え無くなってしまった。とてもショックに感じました。何とも言えない喪失感を感じ、とても残念な気持ちでした。

自傷行為や自分自身に良くないことをした部分とは言え、自分自身であることに変わりはなかったのです。それに嫉妬心やストレスが加わっていたといえいがぐり小僧くんも傷ついていたのです。ストレスが精神を傷つける、そのストレスをエネルギーとしていたのですから傷だらけのぼろぼろのイメージでした。

そんな彼が消えてしまったことにとても悲しみを感じました。

と思ったらちゃっかり本体にくっついてたらしい

仕事を半休に下とは言え、半分だけなのでその後なんとか心を落ち着けて仕事に行きました。

そして本当に消えてしまったのか。彼が幼少期のイメージを送る時、その直前にいつも感じる感覚があったことを思い出しました。
歩いていると力が抜けるわけではないのに膝の力が抜けたような感覚がしていたのです。

心のなかでもしいるならその感覚を出してほしいと強く思うとその感覚が少しだけ出てきました。

正直嬉しくなり、あぁ、消えたわけじゃなく一緒になったんだなと安堵しました。

何言っているんだこいつはと思われるかもしれませんが。

さて、ここまで書いたこと、僕は本当に起こったこととして書いています。

すこし読みにくい部分があるかもしれませんが、読み直したりして少しづつ直していきたいと思いますが、全て本当に起こったことだと思っています。

読んだ方がどう思うか。それは自由だと思いますが、この出来事以来、幼少期のことを不必要に思い出すことも無くなり、自傷行為は今のところ行うこともなく、穏やかに過ごせています。

次の診察とカウンセリングでこういうことがありましたと伝えるつもりですが、どう言われるかはわかりません。
もしかしたら変な人扱いされて入院でもさせられるのではないかという不安もありますが、こころの中の動きなのでこのまま伝えようと考えています。

自分用の記録に近い記事ですので、まぁ、変なことを言っているなぁと思った方はスルーしていただければと思いますが。

自分の心と向き合って対話していますか?と最後に残したいと思います。