足をついてもいいやんか

のんびり、休憩しながらですよ

世代の違いから見る親戚付き合いや家族観の違いについて思う事

どうも、いちごようかんです。

今日は親戚が集まる日なので出かけなければいけません。
ちょっと憂鬱です。

人は一人では生きていけない

親戚。つまり血縁者で集まるわけですから、全くの赤の他人というわけではありません。ただ、今の世の中このような血縁者だからどうだと思うのです。

確かに血縁者である必要がある場合もあります。制度だったり医療だったり。

しかし、明らかに血縁者よりも、より自分を理解してくれる人の方が居心地がいいなぁと自分では思います。

人間、一人では生きていけない生き物ですが僕はあまり大勢に関わって生きることは苦手なんだろうなぁと自覚しています。

その中でも特にこの親戚付き合いというのが難しいと思うのです。

友達でもない。家族でもない。距離感が難しい

親戚と言っても色々な立場の方がいます。両親の兄弟である叔父や叔母。両親の兄弟の子供に当たるいとこやはとこ。その子供はなんて呼ぶの?

自分の子供といとこの子供同士はいつまで親戚付き合いに連れて行かないといけないの?

などなど。

しかも集まって何するのかって近況を話するだけでしょ。

昔ほどの一族という感覚が薄れている現代ではなんとも無駄な行為のように思えて仕方がないのです。

僕の感覚がちょっと他の人とは違うのかもしれませんが

僕は結婚は家と家という昔からの考え方が嫌いで結婚はあくまでも個と個が行うと認識しています。

なので、相手がたの親戚が増えるという感覚が正直気持ち悪くて仕方がないです。

気を張って気を使って何が楽しくて集まらなければいけないのか。

そう思います。

妻は妻自身の親戚と僕との付き合いはしなくても良い。僕と同じく、結婚は個と個が行うという考えを持っているのでその辺りは楽なのですが。

なので、自分の親戚付き合いに巻き込んでしまっているのは申し訳なく感じることもあります。

僕と妻では性格が全然違い妻は社交的なので嫌じゃないよと言ってくれますが。

とにかく耐えて、なるべく早くその場合から抜けれるように

で、うちは正月の3日に親戚で集まるのですが、まぁ、憂鬱な気分です。躁状態なのに。

はっきり言って躁状態なので何を言いだすかわからない不安と叔父叔母は目上に当たるので目上の人と接する不安感、いとこなどには近況なども聞かれるでしょうから、休職していることを伝えなければならないでしょう。その時に不必要なことまで言ってしまうと両親が気を悪くするかもしれません。そう言った不安感も感じています。

とにかく嫌だなぁと思うので両親には少しだけ顔を出したら抜けることを伝えていますが、場の雰囲気によってはそれが許されないかもしれません。

そういうわけで、憂鬱な気分です。